今年から、公示が行なわれなくなってしまいましたが、
昨年までは、高額納税者番付(いわゆる、長者番付)が、
法律にも定められていた通りに、
毎年、国税庁が確定申告終了後、
約二ヵ月経った5月17日までに、
発表をしていました。
メディアでも大きく報道され、
楽しみにされていた方も、
実際、多かったのではないでしょうか?
しかし…
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個人情報に密接に関わる事であることや、
氏名と住所と納税額が発表される為に、
最悪の場合、
金銭を目的とした犯罪者に狙われる可能性もあり、
昨年度の発表を最後に、公示されなくなりました。
さて、高額納税者番付(長者番付)を見てみますと、
いろいろ、面白いことが分かります。
歌手部門などは、昭和40年代後半から、
その時代に流行した曲を歌ったシンガーソングライターが、
印税の関係もあって、
大ヒットや人気に引っ張られるように、
ダイレクトに番付に現れては消えていきました。
この時代、全国区では、
現在、大企業・一流企業と呼ばれている会社の、
創業者が名を連ねています。
特に、昭和30年代〜40年代に、
全国1位を記録したことがある方を見てみると、
石橋 正二郎 (ブリヂストン)
松下 幸之助 (松下電器)
井植 歳男 (三洋電機)
上原 正吉 (大正製薬)
大塚 武三郎 (大塚製薬)
などが、おられます。
『全国1位なんてうらやましいなぁ』と、
思われるかも知れません。
しかし、この時代と現在とでは、
累進課税率の高さが全く違うのです。
現在の最高税率は、
1800万円以上の所得に対して、
所得税 37%と住民税13%をプラスした50%ですが、
1950年〜1985年頃までは、
所得税60%に住民税25%をプラスした85%が、
所得に対する税率であり。
さらに加算されるケースがあり、
本当の最高税率は93%だったのです。
つまり、1億円の年収があっても、
実際に手元に残るのは、700万円だけ。
「お国から7%のお戻しを戴いている」
これは、生涯で10回も長者番付日本一に輝いた、
松下電器の創業者・松下幸之助さんの名セリフです。
そんな中、
1973年(昭和48年)5月のある日、
例年通りに、
昨年度、大きな収入があった申告所得者を発表した、
高額所得者番付(長者番付)が発表されました。
1950年(昭和25年)から1980年代初頭までは、
納税額ではなく、申告された所得を公示していたのです。
歌手部門では、森 進一
俳優・タレント部門では、片岡 千恵蔵
スポーツ部門では、長嶋 茂雄
作家部門では、司馬 遼太郎
が、それぞれの部門でトップになります。
そして、勿論、全国1位に輝いた男がいます。
男の名前は、韓 黎
職業は、ナボー開発 代表取締役社長
彼は、若い頃、日本に近い、
ある外国からやって来て、
苦労に苦労を重ねた末、財を築き上げたのです。
全国1位に輝いたこの年には、
彼は、もう70歳を超えていました。
この頃は、トップになった人物が、
新聞の一面に登場して、
顔写真入りで、新聞記者の質問に答えて、
日本一になった感想を述べるという、
現在では、とても考えられない、
ゆったりとした部分があり、
この韓黎も新聞記者のインタビューに、
顔写真入りで答えています。
写真を見ると、
娘と呼んでも不自然さを感じない、
30歳以上年齢の離れた日本人の美しい妻と、
その妻との間に出来た、
ふたりの小学生の息子も一緒に写っています。
インタビューで韓黎は、
経済的にここまでの成功を収めた理由について、
語っていますが、
内容を要約すると、
下記のふたつの言葉に集約できます。
『私は、勉強・努力を惜しまない』
『私は、チャンスを見つけたら、それを絶対に逃がさない』
当たり前過ぎることながら、
実際には、持続することが、大変難しい事と、
チャンスを見つけたら、そこに飛び込んで、
スッポンのように喰いついて離さないという両方が、
韓黎を現在の地位に昇り詰めさせた底力になった訳です。
翌年の番付では、韓黎は名前を消しており、
その後の、彼の足跡はわかりません。
戦後の日本社会を支えた在日外国人実業家は、
韓黎だけではありません。
USENの前身となる、大阪有線を設立し、
500億円規模の売り上げを誇る企業に育て上げた、
中国出身の、于(宇野) 元忠
早稲田大学予科に留学する目的で、
19歳で来日、
戦後、拓殖大学政治経済学部を卒業。
その後、パチンコメーカーを立ち上げ、
パチンコメーカーとしては、
初となる株式の店頭公開・上場を果たした、
韓国出身の平和の創業者、中島 健吉
戦前に、韓国から来日し、
早稲田実業高校(現・早稲田実業高等部)を卒業後、
新宿のガム工場を皮切りに、
日本と韓国のふたつの国で、
財閥を築き上げた、辛格浩こと重光 武雄
1943年に来日し、立命館大学法学部を中退後、
職を転々とした後、
エムケイタクシーグループを築き上げた、
兪奉植こと青木 定雄
表で語られることは、数少ないですが、
彼らのような存在が、
日本の経済成長を支えていたことも、
忘れてはならないことだと、私は思います。
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